07/22/2008 「ルジマトフのすべて2008」第1部 感想ー2
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」音楽:P.チャイコフスキー 振付:G.バランシン
エヴゲーニヤ・オブラスツォーワ&イーゴリ・コルプ
チャイパドについては、あまりにも多くの名演を観ちゃっているのでね〜‥‥^ ^; 最近はどーも誰のを観るにしろ、ちょっと見方が厳しくなってしまっているところがあるのかもしれないなーと、乗り切れなかった自分をちょっと反省してしまいました。
オブラスツォーワは今のマリインスキーでは2番目に好きなバレリーナ(一番はテリョーシキナ♪)なのだけど、舞台に飛び出てきた瞬間に、「え?こんなにスタイル悪かったっけ?」と、ぎょっとしてしまった‥‥。(たぶん同じ衣裳のディアナの残像が網膜に残っているせい)
音楽性や柔らかさや軽やかさには全く問題なくキラキラと魅力的な舞台姿ではありましたが、古き良きロシアバレリーナタイプの彼女のもつ洗練度(+現代性)の足りなさが気になって今回の舞台は自分の好みではありませんでした。
バランシン作品は音楽にのせてあの振付をちゃんと踊ればそれがそのままステージの魅力として輝き出すとても精密なつくりになっていると思うので、そういう意味でもちょーっと演技しすぎというか、バランシンではなかった気がしたなー。いや、可愛かったんですけどね‥‥^ ^;。
コルプは‥‥素敵でした。(笑)
いつもながらの問題のある髪型(今回はルネッサ〜ンスの人みたいになってたぞ^ ^;)で、いつもながらの妖しい悪役顔なのだけど、と〜〜ってもエレガントでとっても爽やかな(え?)舞姿。
いやー、この人のクラシックは本当に美しいよね。ファルフがクラシック引退を宣言してしまって、もう自分を満足させる手先や脚先には出逢えないと思っていたけれど、この舞台を観て、「ああ、コルプを観れば良いんだ‥‥」と、何となくうれしくなってしまったよ。
もちろんファルフとコルプのダンスは全く違うニュアンスを持っているし、コルプくんの創り出す古典キャラクターは微妙に私のツボにはヒットしてこないんだけど‥‥でも、ダンスクラシックに関する限り、この人の踊りは今の踊り手の中では一番自分好みの美しさを持っているな〜と再確認してしまった。
あと、彼のサポートはやっぱり名人級だよね!
コンビネーションという点では若干急ごしらえ感のあるオブラスツォーワとのパ・ド・ドゥでしたが、スムーズなサポート芸には心底見惚れました。
「阿修羅」音楽:藤舎名生 振付:岩田守弘
ファルフ・ルジマトフ
“ダンサー・ルジマートフ”との約1年ぶりの再会になる、7/2の初日のこの「阿修羅」の舞台は、とっーーーーても緊張しました。
得体の知れない初演物の「カルメン」と違って(笑)再演物なので、この作品を踊るファルフの出来に対しても作品自体に対しても観る前から全く心配をしてませんでしたし、初演時に観たとき「今のルジマートフというダンサーの凄さ」が観客のほぼ全員にそれなりに伝わる“わかりやすさ”を持つ作品だともわかっていたので、観客の反応を気にする必要もなかったのですが‥‥‥‥‥‥なんつーか‥‥自分自身が怖かった。(笑)
ルジマートフがまだ“現役のダンサー”に見えるかどうか、第一線を退いた人の踊りだと感じてしまうのではないか、リスクを背負って最前線で戦っていたファルフではなく、芸術監督の“至芸”を観させられてしまうのではないか──。
それを、“感じてしまったら”、もう自分自身は誤魔化せない。
ルジマートフを応援していく気持ちは変わらなくても、ルジマートフに対する気持ちは微妙に変化していくだろう‥‥と予想していたから、なんつーかねー、もう、真剣勝負に挑む気持ちでした。(笑)
で、暗い舞台に照明が差し、スポットライトの中に阿修羅の合掌ポーズで立つファルフを観て‥‥ヘンな言い方なのですが、最初、妙に拍子抜けしてしまったのですね(笑)。久しぶりに観る彼の衣裳姿を観て、もっとぐっとこみ上げてくるものが自分自身にあるのかな、と思ったんだけど、それも無し。だって、あまりにも、見慣れたルジマートフそのままだったんだもん。この一年のブランクはなんだったんだ、と思うぐらい、その佇まいとオーラは「ダンサー・ルジマートフ」。(笑)
確かに“芸術監督とアーティストはまったく違う仕事“とはご本人おっしゃっていましたし、今回のプログラムに掲載されている写真(1月の芸術監督来日時に撮ったスタジオ写真と今回のカルメンリハーサル時の写真の顔の違い)でも、その切り替えぶりって如実にわかるのですが‥‥それにしてもねぇ(笑)って、ちょっとホッとするやら可笑しいやら^ ^;
いやはや、嬉しかったです、やっぱり。
舞台自体もとても良かったです。
作品については前回観て「あ、ファルフに良く合った振付だな、これだったらいつでも彼は自在に踊れるだろうな」と私は思ったし、日本文化に深い知識と理解を持つルジマートフとロシア在住日本人の岩田さんのコラボレーションだったからこそ、「ガイジン的日本趣味」になる危険性をギリギリで回避できていたと思う。(いや、もちろん、見る人によってはまさしくそう捉えられる可能性100%の危うさを持つ、直球勝負な作品でもあるのですが^ ^;)
この作品は基本的にはロシアバレエの言語を使って創られているし、オーダーメイド作品として創作されているぶん、ルジマートフというダンサーにとってはそれほどチャレンジングな演目ではないと思います。で、そのぶん、今回の再演にあたっては「どう深めていくか」みたいなことが彼の課題になったのじゃないかな。
とてもルジマートフに合った真摯な美しい作品で、ちょっとベタ過ぎ(笑)?と思うぐらい真面目に岩田さんが「阿修羅」という世界観を完成させているので,それに乗っかれば良かった初演時とは違ったものが踊るたびにルジマートフには求められるし、そうしないと本人的にも踊れなかったと思う。
今回の再演の舞台に対しては、前回とはまた違う、とても静かな気迫、氷のような鋭さを持つ憤怒、ある種の強い地熱のようなもの、宿命の残酷に対する終わりのない哀しみ──のようなものを強く感じました。
ちょうど正面に座っている自分には逆光を浴び影になったファルフの顔が鬼の面をつけているようにも見えて、ちょっとデモーニッシュな凄みを感じることも出来たな。
1日目については、前半の静の動きは完璧だったと思います。あれほどの深い集中力と求心力、そして音に対する厳しい鋭さは、ちょっと並のダンサーには出来ない境地にまで行っていると思う。
ただ、後半の、激しい振りが続く部分は、ちょっと去年の記憶に比べると抑えているかなという気はしました。もしかしたらまだ膝が本調子ではないのかもしれないとちらっと思ったけど、まあ、そうであっても仕方のないことだとも思いました。舞台の出来自体に破綻はなかったし。
2日目はまた違った気迫に満ちた舞台でした。
ルジマートフという人は、舞台の波長と彼の持つ力が合ったときに、何かを舞台に“降ろす”力を持つダンサーですが、この日はそれが出来ていたと思います。
彼の背後に、赤くて熱い、とても強いエネルギーを見ました。
(衣裳が赤かったから‥‥ではけっしてないと思う(笑)
ああ、ファルフだなー‥‥と、この人は常に戦っているのだなーと、感慨深く観ました。
神さまだけど、決して天上界に安住することのない、常に勝ち目のない戦いに挑み続け、血と汗と涙を流しながらも深い色の瞳で遥か遠くの地平を見つめ続ける阿修羅は、ルジマートフそのものだなーと思いました。本当に良くもまあ彼にこの主題を与えたものだなと、岩田さんには感心してしまいます。(笑)
エヴゲーニヤ・オブラスツォーワ&イーゴリ・コルプ
チャイパドについては、あまりにも多くの名演を観ちゃっているのでね〜‥‥^ ^; 最近はどーも誰のを観るにしろ、ちょっと見方が厳しくなってしまっているところがあるのかもしれないなーと、乗り切れなかった自分をちょっと反省してしまいました。
オブラスツォーワは今のマリインスキーでは2番目に好きなバレリーナ(一番はテリョーシキナ♪)なのだけど、舞台に飛び出てきた瞬間に、「え?こんなにスタイル悪かったっけ?」と、ぎょっとしてしまった‥‥。(たぶん同じ衣裳のディアナの残像が網膜に残っているせい)
音楽性や柔らかさや軽やかさには全く問題なくキラキラと魅力的な舞台姿ではありましたが、古き良きロシアバレリーナタイプの彼女のもつ洗練度(+現代性)の足りなさが気になって今回の舞台は自分の好みではありませんでした。
バランシン作品は音楽にのせてあの振付をちゃんと踊ればそれがそのままステージの魅力として輝き出すとても精密なつくりになっていると思うので、そういう意味でもちょーっと演技しすぎというか、バランシンではなかった気がしたなー。いや、可愛かったんですけどね‥‥^ ^;。
コルプは‥‥素敵でした。(笑)
いつもながらの問題のある髪型(今回はルネッサ〜ンスの人みたいになってたぞ^ ^;)で、いつもながらの妖しい悪役顔なのだけど、と〜〜ってもエレガントでとっても爽やかな(え?)舞姿。
いやー、この人のクラシックは本当に美しいよね。ファルフがクラシック引退を宣言してしまって、もう自分を満足させる手先や脚先には出逢えないと思っていたけれど、この舞台を観て、「ああ、コルプを観れば良いんだ‥‥」と、何となくうれしくなってしまったよ。
もちろんファルフとコルプのダンスは全く違うニュアンスを持っているし、コルプくんの創り出す古典キャラクターは微妙に私のツボにはヒットしてこないんだけど‥‥でも、ダンスクラシックに関する限り、この人の踊りは今の踊り手の中では一番自分好みの美しさを持っているな〜と再確認してしまった。
あと、彼のサポートはやっぱり名人級だよね!
コンビネーションという点では若干急ごしらえ感のあるオブラスツォーワとのパ・ド・ドゥでしたが、スムーズなサポート芸には心底見惚れました。
「阿修羅」音楽:藤舎名生 振付:岩田守弘
ファルフ・ルジマトフ
“ダンサー・ルジマートフ”との約1年ぶりの再会になる、7/2の初日のこの「阿修羅」の舞台は、とっーーーーても緊張しました。
得体の知れない初演物の「カルメン」と違って(笑)再演物なので、この作品を踊るファルフの出来に対しても作品自体に対しても観る前から全く心配をしてませんでしたし、初演時に観たとき「今のルジマートフというダンサーの凄さ」が観客のほぼ全員にそれなりに伝わる“わかりやすさ”を持つ作品だともわかっていたので、観客の反応を気にする必要もなかったのですが‥‥‥‥‥‥なんつーか‥‥自分自身が怖かった。(笑)
ルジマートフがまだ“現役のダンサー”に見えるかどうか、第一線を退いた人の踊りだと感じてしまうのではないか、リスクを背負って最前線で戦っていたファルフではなく、芸術監督の“至芸”を観させられてしまうのではないか──。
それを、“感じてしまったら”、もう自分自身は誤魔化せない。
ルジマートフを応援していく気持ちは変わらなくても、ルジマートフに対する気持ちは微妙に変化していくだろう‥‥と予想していたから、なんつーかねー、もう、真剣勝負に挑む気持ちでした。(笑)
で、暗い舞台に照明が差し、スポットライトの中に阿修羅の合掌ポーズで立つファルフを観て‥‥ヘンな言い方なのですが、最初、妙に拍子抜けしてしまったのですね(笑)。久しぶりに観る彼の衣裳姿を観て、もっとぐっとこみ上げてくるものが自分自身にあるのかな、と思ったんだけど、それも無し。だって、あまりにも、見慣れたルジマートフそのままだったんだもん。この一年のブランクはなんだったんだ、と思うぐらい、その佇まいとオーラは「ダンサー・ルジマートフ」。(笑)
確かに“芸術監督とアーティストはまったく違う仕事“とはご本人おっしゃっていましたし、今回のプログラムに掲載されている写真(1月の芸術監督来日時に撮ったスタジオ写真と今回のカルメンリハーサル時の写真の顔の違い)でも、その切り替えぶりって如実にわかるのですが‥‥それにしてもねぇ(笑)って、ちょっとホッとするやら可笑しいやら^ ^;
いやはや、嬉しかったです、やっぱり。
舞台自体もとても良かったです。
作品については前回観て「あ、ファルフに良く合った振付だな、これだったらいつでも彼は自在に踊れるだろうな」と私は思ったし、日本文化に深い知識と理解を持つルジマートフとロシア在住日本人の岩田さんのコラボレーションだったからこそ、「ガイジン的日本趣味」になる危険性をギリギリで回避できていたと思う。(いや、もちろん、見る人によってはまさしくそう捉えられる可能性100%の危うさを持つ、直球勝負な作品でもあるのですが^ ^;)
この作品は基本的にはロシアバレエの言語を使って創られているし、オーダーメイド作品として創作されているぶん、ルジマートフというダンサーにとってはそれほどチャレンジングな演目ではないと思います。で、そのぶん、今回の再演にあたっては「どう深めていくか」みたいなことが彼の課題になったのじゃないかな。
とてもルジマートフに合った真摯な美しい作品で、ちょっとベタ過ぎ(笑)?と思うぐらい真面目に岩田さんが「阿修羅」という世界観を完成させているので,それに乗っかれば良かった初演時とは違ったものが踊るたびにルジマートフには求められるし、そうしないと本人的にも踊れなかったと思う。
今回の再演の舞台に対しては、前回とはまた違う、とても静かな気迫、氷のような鋭さを持つ憤怒、ある種の強い地熱のようなもの、宿命の残酷に対する終わりのない哀しみ──のようなものを強く感じました。
ちょうど正面に座っている自分には逆光を浴び影になったファルフの顔が鬼の面をつけているようにも見えて、ちょっとデモーニッシュな凄みを感じることも出来たな。
1日目については、前半の静の動きは完璧だったと思います。あれほどの深い集中力と求心力、そして音に対する厳しい鋭さは、ちょっと並のダンサーには出来ない境地にまで行っていると思う。
ただ、後半の、激しい振りが続く部分は、ちょっと去年の記憶に比べると抑えているかなという気はしました。もしかしたらまだ膝が本調子ではないのかもしれないとちらっと思ったけど、まあ、そうであっても仕方のないことだとも思いました。舞台の出来自体に破綻はなかったし。
2日目はまた違った気迫に満ちた舞台でした。
ルジマートフという人は、舞台の波長と彼の持つ力が合ったときに、何かを舞台に“降ろす”力を持つダンサーですが、この日はそれが出来ていたと思います。
彼の背後に、赤くて熱い、とても強いエネルギーを見ました。
(衣裳が赤かったから‥‥ではけっしてないと思う(笑)
ああ、ファルフだなー‥‥と、この人は常に戦っているのだなーと、感慨深く観ました。
神さまだけど、決して天上界に安住することのない、常に勝ち目のない戦いに挑み続け、血と汗と涙を流しながらも深い色の瞳で遥か遠くの地平を見つめ続ける阿修羅は、ルジマートフそのものだなーと思いました。本当に良くもまあ彼にこの主題を与えたものだなと、岩田さんには感心してしまいます。(笑)
07/20/2008 「ルジマトフのすべて2008」第1部 感想ー1
「海賊」よりパ・ド・ドゥ 音楽:R.ドリゴ 振付:M.プティパ/V.チャブキアーニ
ヴィクトリア・クテポワ&マイレン・トレウバエフ
トップバッターだし観客は意地悪な小姑目線だし(笑)、ま、緊張するのも仕方ないだろうよな〜‥‥という感じの舞台でした。^ ^;
クテポワは前回の黒鳥の時よりは、自分の踊りたいイメージと実際の技術が一致して来た印象。キーロフの伝統的メドーラを丁寧になぞっているさまに好感を持ちました。容姿には文句のつけようがないし(手脚、長ッ)、せっかく場を与えて貰っているのだから、「ひとりのダンサー」として評価されるまでに成長してくれるといいな、と。
反対にトレウバエフは容姿でソンをしているな〜‥‥。
相手役との体格バランスが悪い上に、衣裳が安っぽいのがなんとも‥‥ ^ ^;。
でも、彼らしさのよく出た、清潔感と気分のいい芝居っ気に溢れた素敵なアリだったと思います。
2日間お疲れさまでした〜。
「ゾルバ」音楽:ギリシャ民族音楽 振付:N.アンドローソフ
イルギス・ガリムーリン
久しぶりだな〜‥‥とは思っていたが、‥‥‥‥うーむ、だいぶ肥え貫禄がつきましたね、彼。(笑)
このガラのために特別に依頼したソロ作品の初演ということで、初日は「あらら、最近あんまり踊ってないのかな?^ ^;」というぎこちなさの残る舞台でしたが、さすがベテラン、2日目はだいぶ往年のイルギスに戻っていたと思います。
今の彼にしか踊れない温かみと包容力とギリシャの民族音楽と相まった滋味が魅力的でした。
「メディア」音楽:M.サンスラ 振付:R.C.ロメロ
ロサリオ・カストロ・ロメロ リカルド・カストロ・ロメロ ジェシカ・ロドリグエズ・モリナ
エーサー・ゴンザレス−タブラス・メネンデス ホセ・カストロ・ロメロ ホセ・トレス・ムレーロ
畑違いのフラメンコなので観客(つーか私か^ ^;)も今ひとつ「どう見ていいんだか‥‥」で、初日は「上手いのはわかるんだが‥‥どーにも長すぎる」でした。(ごめん)
2日目は単純に慣れたのか(笑)、すごく楽しめました。
『カルメン』もそうだったけど、リカルドさんはかなりプロ意識の高い演出家なので、もしかしたら初日の反応を見て若干修正を加えたのかもしれません。
ステージで魅せることを強く意識した『プロのエンターテイメント』として、スキなく構成された質の高いフラメンコショーだなーと感心。
「ゴパック」音楽:V.ソロヴィヨフ=セドイ 振付:R.ザハロフ
ヴィクトル・イシュク
で、いきなりここで、見慣れているはずの純クラのまぶしさに軽く衝撃を受ける。(笑)
(いやもちろんこの作品自体は民族舞踊なのだけど、ロシアバレエの「定番ガラ演目」の光度つーか、この臆面のない華やかさには‥‥なんつーか、特筆に値するものがあるなーと。^ ^;)
イシュクくんは爽やかでテクニシャンな、眩しいウクライナ美青年。
すごーく素敵だったのでできればもう1演目観たかったです。キエフ来日激希望。
「シエスタ〜Siesta〜」音楽:G.カサド 振付:V.ロマノフスキー
ユリア・マハリナ
穏やかなタイトルとは裏腹な内向的なソロ作品。ガリムーリンの「ゾルバ」と同じくこの公演のために作られた新作で今回が世界初演。作品解説では「シエスタを“人が自分自身と向き合う時間”と捉え、その中で孤独な女性の叶えられない望みーー成就しない恋を描いている」と書いてありますが、真っ暗な舞台やマハリナの苦悶の表情も相まって、私はむしろ「逃げようとしても逃げられないとても怖ろしい悪夢についに捕らえられてしまった女性」のように観ました。
振付自体や構成はありきたりのパを組み合わせたよくあるロシア系小品という印象で、正直言ってあまりピンと来るものはありませんでしたが、幾多のステージで磨き上げられているマハリナの存在感はさすが。
いつまでも観ていたくなるこっくりした深みと魔性の毒と純な可愛らしさを合わせ持つ、大人の魅力のバレリーナです。
ヴィクトリア・クテポワ&マイレン・トレウバエフ
トップバッターだし観客は意地悪な小姑目線だし(笑)、ま、緊張するのも仕方ないだろうよな〜‥‥という感じの舞台でした。^ ^;
クテポワは前回の黒鳥の時よりは、自分の踊りたいイメージと実際の技術が一致して来た印象。キーロフの伝統的メドーラを丁寧になぞっているさまに好感を持ちました。容姿には文句のつけようがないし(手脚、長ッ)、せっかく場を与えて貰っているのだから、「ひとりのダンサー」として評価されるまでに成長してくれるといいな、と。
反対にトレウバエフは容姿でソンをしているな〜‥‥。
相手役との体格バランスが悪い上に、衣裳が安っぽいのがなんとも‥‥ ^ ^;。
でも、彼らしさのよく出た、清潔感と気分のいい芝居っ気に溢れた素敵なアリだったと思います。
2日間お疲れさまでした〜。
「ゾルバ」音楽:ギリシャ民族音楽 振付:N.アンドローソフ
イルギス・ガリムーリン
久しぶりだな〜‥‥とは思っていたが、‥‥‥‥うーむ、だいぶ
このガラのために特別に依頼したソロ作品の初演ということで、初日は「あらら、最近あんまり踊ってないのかな?^ ^;」というぎこちなさの残る舞台でしたが、さすがベテラン、2日目はだいぶ往年のイルギスに戻っていたと思います。
今の彼にしか踊れない温かみと包容力とギリシャの民族音楽と相まった滋味が魅力的でした。
「メディア」音楽:M.サンスラ 振付:R.C.ロメロ
ロサリオ・カストロ・ロメロ リカルド・カストロ・ロメロ ジェシカ・ロドリグエズ・モリナ
エーサー・ゴンザレス−タブラス・メネンデス ホセ・カストロ・ロメロ ホセ・トレス・ムレーロ
畑違いのフラメンコなので観客(つーか私か^ ^;)も今ひとつ「どう見ていいんだか‥‥」で、初日は「上手いのはわかるんだが‥‥どーにも長すぎる」でした。(ごめん)
2日目は単純に慣れたのか(笑)、すごく楽しめました。
『カルメン』もそうだったけど、リカルドさんはかなりプロ意識の高い演出家なので、もしかしたら初日の反応を見て若干修正を加えたのかもしれません。
ステージで魅せることを強く意識した『プロのエンターテイメント』として、スキなく構成された質の高いフラメンコショーだなーと感心。
「ゴパック」音楽:V.ソロヴィヨフ=セドイ 振付:R.ザハロフ
ヴィクトル・イシュク
で、いきなりここで、見慣れているはずの純クラのまぶしさに軽く衝撃を受ける。(笑)
(いやもちろんこの作品自体は民族舞踊なのだけど、ロシアバレエの「定番ガラ演目」の光度つーか、この臆面のない華やかさには‥‥なんつーか、特筆に値するものがあるなーと。^ ^;)
イシュクくんは爽やかでテクニシャンな、眩しいウクライナ美青年。
すごーく素敵だったのでできればもう1演目観たかったです。キエフ来日激希望。
「シエスタ〜Siesta〜」音楽:G.カサド 振付:V.ロマノフスキー
ユリア・マハリナ
穏やかなタイトルとは裏腹な内向的なソロ作品。ガリムーリンの「ゾルバ」と同じくこの公演のために作られた新作で今回が世界初演。作品解説では「シエスタを“人が自分自身と向き合う時間”と捉え、その中で孤独な女性の叶えられない望みーー成就しない恋を描いている」と書いてありますが、真っ暗な舞台やマハリナの苦悶の表情も相まって、私はむしろ「逃げようとしても逃げられないとても怖ろしい悪夢についに捕らえられてしまった女性」のように観ました。
振付自体や構成はありきたりのパを組み合わせたよくあるロシア系小品という印象で、正直言ってあまりピンと来るものはありませんでしたが、幾多のステージで磨き上げられているマハリナの存在感はさすが。
いつまでも観ていたくなるこっくりした深みと魔性の毒と純な可愛らしさを合わせ持つ、大人の魅力のバレリーナです。
07/14/2008 「カルメン」ー4
「わたしを殺す気でしょう、わかっているわ、ちゃんとわかっているわ、でもわたしは絶対にゆずらないから」あの女が言うのでした。
「頼むから聞きわけてくれ、過ぎ去ったことはいっさい水に流すとまでおれは言ってるんだ。おれがこんなやくざになったのも、おれが泥棒になったのも、人殺しをしたのもみんなあんたのためだと知っているあんたじゃないか。カルメン!おれのカルメン!おれにあんたの命を助けさせてくれ、あんたといっしょにおれの身を助けさせてくれ」私が嘆願しました。
「ホセ、あんたが望んでいるそれはできない相談よ。私はもうあんたに惚れてはいないんだもの。あんたはまだ私に惚れておいでだけれども。だからあんたは私が殺したくなるのよ。私はなんとでも嘘をついて今度もあんたを騙すことぐらい造作ないんだけど、私はもうそれさえする気がないのよ。わたしたちふたりのあいだでは、すべてがもう終わってしまったのよ。あんたは私の男だから、自分の女を殺す権利があるわ、だけどカルメンはいつだって自由な女よ。カリとして生まれてきたカルメンは、カリとして死んでいきたいのよ」あの女が言うのでした。
しまった、ついルジ語りに熱中してしまって、ロサリオさんのカルメンについて何も語っていないっ(^ ^;
ええーと、素敵でした。
私、ファンなのですよ、彼女の。すごく魅力的なダンサーだと思う。
正直なところ、見た目のボリュームやその表現法においてルジマートフとはちょっと合わないなーと思うことも多いのだけど、でも、あの底知らずの包容力や豊かさは、根源の部分で今の彼に必要なパートナーだとも思う。
この2人が心を通い合わしたカルメンとホセの最後のデュエットは、独特の哀感や切なさがあって、その情感だけで心を震わすものがありました。
そしてその後の死のシーンまでのふたりの間に張り詰めた緊張の糸は切れることはなく、鬼気迫る刹那感がそこにはありました。初日は音楽が甘すぎるのが原因で今ひとつ私には入り込めなかったし、あまりにも通俗的に見えてちょっと気恥ずかしいような気持ちにもなったのだけど、2日目は素直に感動してしまいました。(こんなベタなものに感動してしまってくやしい‥‥とすこしだけ思った。笑)
使い古された言い方だけど、魂のぶつかり合い、という感じがしたな。
バレエとかフラメンコとか、そういうことをすべて抜いて、ひとりの踊り手とひとりの踊り手の心が、ひとつになっているのを観ている気がしました。
あと、ロサリオさんは、あの胸がイイですねっ♪
いやー私大好きなのよ、彼女の胸‥‥毎回、観るたび、素敵だなー、とうっとり‥‥。(←ははは、おやじ?^ ^;)
さてさて今回の「カルメン」。
「ススピロ・デ・エスパーニャ」「ボレロ」に続く第3弾ということで、リカルド&ロサリオさんたちのスペイン組にも、ルジマートフにとっても、チャレンジの要素が多い意欲作だったと思います。
正直完成度という意味ではまだまだレベルが低く感じたし、ディテールの詰めが甘いせいで作り手側の意図が十分に観客に伝わるところまで行っていない。この作品の完成度を高めるためにはさらなる演出の練り込みや構成の見直し、音楽や映像演出のブラッシュアップを図る必要がある気がしました。
この作品中のルジマートフについても、彼はもっとフラメンコに寄るべきだと感じました。
もちろん彼はどう転んでもバレエダンサーで、いまさらどうがんばってもフラメンコダンサーにはなれないし、なる必要もない。
作品だって、ちゃんと「バレエダンサーというルーツを持つルジマートフ」のために創られ、この役を踊るのはバレエダンサーのルジマートフでなければ、という作品になっていると思います。
でもやっぱり、作品の方法論がフラメンコであり、リカルド・カストロ・ロメロというフラメンコ作家の創るダンス作品に出演している以上、この一座に相応しい存在に彼はなるべきだと思う。
もしかしたらフラメンコのリズムをとることはバレエダンサーには無理なのかもしれないけれど、いつまでも「スペシャルゲスト」では意味がないし、いったんフラメンコの世界にどっぷりと浸かり、この作品メンバーの一員として、このショーの主役に相応しい演じ手・踊り手になったときに、また新しいなにかが、バレエダンサーのルジマートフに加味されるのではないかと私は期待しています。
クラシックバレエが大好きな日本の観客には、フラメンコを踊るルジマートフは必ずしも歓迎されていない節があるし、今回の反応を見ても、そろそろフラメンコダンサーとのコラボレーションを目玉にするのは興行的には限界かなーという気もします。
でも、少なくとも今回の「カルメン」に関しては、私はもう少し先を見たいと思いました。
ミハイロフスキー劇場のバレエ芸術監督としてのルジマートフ、ひとりのアーティストととしてのルジマートフ、どちらの未来も果てしなく先があるように今の私には思えますし、その行き着く先に何があるのかを観たいと常に願っているファンのひとりとして、切に。
「頼むから聞きわけてくれ、過ぎ去ったことはいっさい水に流すとまでおれは言ってるんだ。おれがこんなやくざになったのも、おれが泥棒になったのも、人殺しをしたのもみんなあんたのためだと知っているあんたじゃないか。カルメン!おれのカルメン!おれにあんたの命を助けさせてくれ、あんたといっしょにおれの身を助けさせてくれ」私が嘆願しました。
「ホセ、あんたが望んでいるそれはできない相談よ。私はもうあんたに惚れてはいないんだもの。あんたはまだ私に惚れておいでだけれども。だからあんたは私が殺したくなるのよ。私はなんとでも嘘をついて今度もあんたを騙すことぐらい造作ないんだけど、私はもうそれさえする気がないのよ。わたしたちふたりのあいだでは、すべてがもう終わってしまったのよ。あんたは私の男だから、自分の女を殺す権利があるわ、だけどカルメンはいつだって自由な女よ。カリとして生まれてきたカルメンは、カリとして死んでいきたいのよ」あの女が言うのでした。
しまった、ついルジ語りに熱中してしまって、ロサリオさんのカルメンについて何も語っていないっ(^ ^;
ええーと、素敵でした。
私、ファンなのですよ、彼女の。すごく魅力的なダンサーだと思う。
正直なところ、見た目のボリュームやその表現法においてルジマートフとはちょっと合わないなーと思うことも多いのだけど、でも、あの底知らずの包容力や豊かさは、根源の部分で今の彼に必要なパートナーだとも思う。
この2人が心を通い合わしたカルメンとホセの最後のデュエットは、独特の哀感や切なさがあって、その情感だけで心を震わすものがありました。
そしてその後の死のシーンまでのふたりの間に張り詰めた緊張の糸は切れることはなく、鬼気迫る刹那感がそこにはありました。初日は音楽が甘すぎるのが原因で今ひとつ私には入り込めなかったし、あまりにも通俗的に見えてちょっと気恥ずかしいような気持ちにもなったのだけど、2日目は素直に感動してしまいました。(こんなベタなものに感動してしまってくやしい‥‥とすこしだけ思った。笑)
使い古された言い方だけど、魂のぶつかり合い、という感じがしたな。
バレエとかフラメンコとか、そういうことをすべて抜いて、ひとりの踊り手とひとりの踊り手の心が、ひとつになっているのを観ている気がしました。
あと、ロサリオさんは、あの胸がイイですねっ♪
いやー私大好きなのよ、彼女の胸‥‥毎回、観るたび、素敵だなー、とうっとり‥‥。(←ははは、おやじ?^ ^;)
さてさて今回の「カルメン」。
「ススピロ・デ・エスパーニャ」「ボレロ」に続く第3弾ということで、リカルド&ロサリオさんたちのスペイン組にも、ルジマートフにとっても、チャレンジの要素が多い意欲作だったと思います。
正直完成度という意味ではまだまだレベルが低く感じたし、ディテールの詰めが甘いせいで作り手側の意図が十分に観客に伝わるところまで行っていない。この作品の完成度を高めるためにはさらなる演出の練り込みや構成の見直し、音楽や映像演出のブラッシュアップを図る必要がある気がしました。
この作品中のルジマートフについても、彼はもっとフラメンコに寄るべきだと感じました。
もちろん彼はどう転んでもバレエダンサーで、いまさらどうがんばってもフラメンコダンサーにはなれないし、なる必要もない。
作品だって、ちゃんと「バレエダンサーというルーツを持つルジマートフ」のために創られ、この役を踊るのはバレエダンサーのルジマートフでなければ、という作品になっていると思います。
でもやっぱり、作品の方法論がフラメンコであり、リカルド・カストロ・ロメロというフラメンコ作家の創るダンス作品に出演している以上、この一座に相応しい存在に彼はなるべきだと思う。
もしかしたらフラメンコのリズムをとることはバレエダンサーには無理なのかもしれないけれど、いつまでも「スペシャルゲスト」では意味がないし、いったんフラメンコの世界にどっぷりと浸かり、この作品メンバーの一員として、このショーの主役に相応しい演じ手・踊り手になったときに、また新しいなにかが、バレエダンサーのルジマートフに加味されるのではないかと私は期待しています。
クラシックバレエが大好きな日本の観客には、フラメンコを踊るルジマートフは必ずしも歓迎されていない節があるし、今回の反応を見ても、そろそろフラメンコダンサーとのコラボレーションを目玉にするのは興行的には限界かなーという気もします。
でも、少なくとも今回の「カルメン」に関しては、私はもう少し先を見たいと思いました。
ミハイロフスキー劇場のバレエ芸術監督としてのルジマートフ、ひとりのアーティストととしてのルジマートフ、どちらの未来も果てしなく先があるように今の私には思えますし、その行き着く先に何があるのかを観たいと常に願っているファンのひとりとして、切に。
07/14/2008 「カルメン」ー3
さてもうここからはあまりにも記憶が曖昧で、順を追って書くことが出来なくなりますが(だから間違っていても許してねん^ ^;。)、ええと、リカルドのエスカミーリョのソロがこの辺に入っていたと思います。
カッコ良いはずの白い衣裳はお世辞にもよく似合っていたとは言えませんでしたが、ムレタ(マント?)の扱いを含め、踊りはさすが! で、毎度ながら魅了されました。
私は彼のサパテアードがすごく好きなんですよ。「ボレロ」のときの杖によるシンコペーションとか、今回のカスタネットの使い方とか、彼が駆使するフラメンコリズムの厳しい強さや突き刺さるような鋭さもすごく好き。
この後カルメンとエスカミーリョのデュエットがあってさらにスパニッシュに盛り上がる舞台。
リカルドのエスカミーリョについては、カルメンがホセから心変わりするような男性に見えないとか、カルメンとの絡みがあまりにもあっさりしすぎて物足りないという意見もあったようですが、私はこの舞台の「カルメン」の物語においては、ハッキリとしたキャラクターとドラマを与えられているのはロサリオのカルメンとルジマートフのホセだけで、他はあくまで2人の物語を浮かび上がらせるための背景でしかない構造になっていたと思います。
リカルドのエスカミーリョが象徴しているのは、カルメンの属するフラメンコ世界の、熱い大地のリズムと迸る赤い血の情熱。
もともとその世界の住人だったカルメンが彼に惹かれホセから離れていくのは、だから恋愛感情ではなくその「血」ゆえ。
そして同じようにマハリナの演じるミカエラは反対にルジマートフの(=ホセ)の属していた世界の象徴です。ホセを取り戻そうとカルメンに戦いを挑み敗れて傷つく彼女。それをみて後悔し、迷い、悲嘆にくれるホセのソロ。でも彼にはもうカルメンをあきらめることも、ミカエラとともに昔の静かな場所に戻ることも出来ない。そうするには、あまりにも遠くへ来すぎてしまった。
───これが私に残された唯一の生きる手段でした。あの女は苦もなく私を決心させたと申し上げておきましょう。この冒険と反逆の生活をすることで、あの女にいっそう密接になれるような気が私にはしていました。
これで今後は、あの女の愛情が確保できると私には思えたのです。
ホセのこの暗い愛情ゆえの執着が、かえってカルメンを彼からさらに遠ざけていくことになります。
“狼の目を持つ女”は、決して束縛されることを自分に許さない。
同時にカルメンは、あらかじめ占いでホセに殺されることを知っていました。死が自分と彼を捕らえ喰い尽くしてしまう日を恐れ、その運命からなんとか逃れたいと思っていました。
ヒターノの女は占いが真実を告げることを知っている。でもカルメンは自分で運命を切り開く女。自分だけは、その呪詛から逃げられる一握の幸運を持っていると強く信じてもいました。
「死」は、具体的に劇中にも登場します。冷たい銀の仮面を付けた黒ずくめのそのキャラクターは、あまりにもそのまんまでちょっと私には鼻白む存在でしたが^ ^;、物語をすこしでも分かりやすくなるようにという配慮の元に作られた親切な存在に思えました。(初日は最後にだけしか出なかったけど、2日目は暗い運命の暗示として途中にも登場。物語に一貫性をもたらしていました)
ファルフのホセは情熱的でした。
でも、その度知らずのひたむきさが、ちょっと鬱陶しいなーと思うぐらいの困った存在でもありました。(笑)
私は彼のプティ版カルメンも(部分的にですが)観ているのだけど、なんつーか‥‥その時は今ひとつピンと来なかったのですよね。プティ版のホセは本来のカルメンの泥臭さとはちがいおフランス的に洗練された版なので余計そうだったのかもしれないのだけど、カッコ良すぎるというか、「ひとりの女に執着したあげく捨てられそうになって逆上する」ような男には到底見えなかった。ルジマートフというダンサーはいつもとてもドラマティックな物語を描くし悲劇がとても良く似合うけれど、‥‥‥‥なんていうか‥‥「役者」、ではないのですよね。いつでも舞台にいるのはファルフ自身。彼が自分で出したくないと思うものは絶対に舞台に出てこないし、逆に、彼の中のブラックボックスが開いたときには、予想も出来なかったような無限の世界を目撃することも出来る。
でも、今回のカルメンにおけるルジマートフは、そのどちらでもない「生身のホセ」で‥‥
だから、私にはとても面白かった。
フラメンコとは演技するものではない、といわれます。
踊り手はひたすらに手を打ちリズムを踏み、魂でエネルギーの波動に共鳴し、無我の境地の中で精霊(ドゥエンデ)を捕らえると聞きます。
バレエは演技をします。厳しい訓練によって培われた超人的な技術を元に、身体を不自然な格好へ曲げ人工的な究極美を保ちつつ極上の微笑みを観客に投げ掛けます。
どちらが良いとか悪いとかという問題ではなくて、それぞれの舞踊の成り立ちから出てくる違いで、拠っているものが大地か天上か、人間か妖精か、ということなのだと思います。
今回のホセはとても人間くさかった。
カタチとしてカッコ良くなってしまうのはもうルジマートフの習性みたいなものだからまあスルーする(いや、まあ、カッコ良くなくちゃルジマートフではないとも言えるから、これはこれで全然オッケーなのではありますが。笑)としても、執着、ということがちゃんと表現できていたと思うし、結果として捨てられてしまっても当然の情けないホセにもなっていたと思う。
ルジマートフは修行僧にも例えられるぐらい高潔なカリスマで、もちろんそのストイックさからくる厳しい究極美が彼の魅力でもあるのだけど‥‥
でも、ここいらでいったん、地に降り泥にまみれるのも良いんじゃないかなーと、今回のカルメンを観て私は何となく思いました。自分の中の情けないものや醜いものの扉を開いて、観客にみせる努力をする。そうすることによって、さらに魅力的で深みのあるアーティストに彼はこれから進化していくことが出来るんじゃないかな、と。
45歳になってバレエを外側から作る立場に移って、さらに自分の可能性にも挑戦するルジマートフの貪欲さと、あいかわらずのその真っ正面からのアプローチの不器用さに、ちょっと呆れつつ感動する私なのでした。
カッコ良いはずの白い衣裳はお世辞にもよく似合っていたとは言えませんでしたが、ムレタ(マント?)の扱いを含め、踊りはさすが! で、毎度ながら魅了されました。
私は彼のサパテアードがすごく好きなんですよ。「ボレロ」のときの杖によるシンコペーションとか、今回のカスタネットの使い方とか、彼が駆使するフラメンコリズムの厳しい強さや突き刺さるような鋭さもすごく好き。
この後カルメンとエスカミーリョのデュエットがあってさらにスパニッシュに盛り上がる舞台。
リカルドのエスカミーリョについては、カルメンがホセから心変わりするような男性に見えないとか、カルメンとの絡みがあまりにもあっさりしすぎて物足りないという意見もあったようですが、私はこの舞台の「カルメン」の物語においては、ハッキリとしたキャラクターとドラマを与えられているのはロサリオのカルメンとルジマートフのホセだけで、他はあくまで2人の物語を浮かび上がらせるための背景でしかない構造になっていたと思います。
リカルドのエスカミーリョが象徴しているのは、カルメンの属するフラメンコ世界の、熱い大地のリズムと迸る赤い血の情熱。
もともとその世界の住人だったカルメンが彼に惹かれホセから離れていくのは、だから恋愛感情ではなくその「血」ゆえ。
そして同じようにマハリナの演じるミカエラは反対にルジマートフの(=ホセ)の属していた世界の象徴です。ホセを取り戻そうとカルメンに戦いを挑み敗れて傷つく彼女。それをみて後悔し、迷い、悲嘆にくれるホセのソロ。でも彼にはもうカルメンをあきらめることも、ミカエラとともに昔の静かな場所に戻ることも出来ない。そうするには、あまりにも遠くへ来すぎてしまった。
───これが私に残された唯一の生きる手段でした。あの女は苦もなく私を決心させたと申し上げておきましょう。この冒険と反逆の生活をすることで、あの女にいっそう密接になれるような気が私にはしていました。
これで今後は、あの女の愛情が確保できると私には思えたのです。
ホセのこの暗い愛情ゆえの執着が、かえってカルメンを彼からさらに遠ざけていくことになります。
“狼の目を持つ女”は、決して束縛されることを自分に許さない。
同時にカルメンは、あらかじめ占いでホセに殺されることを知っていました。死が自分と彼を捕らえ喰い尽くしてしまう日を恐れ、その運命からなんとか逃れたいと思っていました。
ヒターノの女は占いが真実を告げることを知っている。でもカルメンは自分で運命を切り開く女。自分だけは、その呪詛から逃げられる一握の幸運を持っていると強く信じてもいました。
「死」は、具体的に劇中にも登場します。冷たい銀の仮面を付けた黒ずくめのそのキャラクターは、あまりにもそのまんまでちょっと私には鼻白む存在でしたが^ ^;、物語をすこしでも分かりやすくなるようにという配慮の元に作られた親切な存在に思えました。(初日は最後にだけしか出なかったけど、2日目は暗い運命の暗示として途中にも登場。物語に一貫性をもたらしていました)
ファルフのホセは情熱的でした。
でも、その度知らずのひたむきさが、ちょっと鬱陶しいなーと思うぐらいの困った存在でもありました。(笑)
私は彼のプティ版カルメンも(部分的にですが)観ているのだけど、なんつーか‥‥その時は今ひとつピンと来なかったのですよね。プティ版のホセは本来のカルメンの泥臭さとはちがいおフランス的に洗練された版なので余計そうだったのかもしれないのだけど、カッコ良すぎるというか、「ひとりの女に執着したあげく捨てられそうになって逆上する」ような男には到底見えなかった。ルジマートフというダンサーはいつもとてもドラマティックな物語を描くし悲劇がとても良く似合うけれど、‥‥‥‥なんていうか‥‥「役者」、ではないのですよね。いつでも舞台にいるのはファルフ自身。彼が自分で出したくないと思うものは絶対に舞台に出てこないし、逆に、彼の中のブラックボックスが開いたときには、予想も出来なかったような無限の世界を目撃することも出来る。
でも、今回のカルメンにおけるルジマートフは、そのどちらでもない「生身のホセ」で‥‥
だから、私にはとても面白かった。
フラメンコとは演技するものではない、といわれます。
踊り手はひたすらに手を打ちリズムを踏み、魂でエネルギーの波動に共鳴し、無我の境地の中で精霊(ドゥエンデ)を捕らえると聞きます。
バレエは演技をします。厳しい訓練によって培われた超人的な技術を元に、身体を不自然な格好へ曲げ人工的な究極美を保ちつつ極上の微笑みを観客に投げ掛けます。
どちらが良いとか悪いとかという問題ではなくて、それぞれの舞踊の成り立ちから出てくる違いで、拠っているものが大地か天上か、人間か妖精か、ということなのだと思います。
今回のホセはとても人間くさかった。
カタチとしてカッコ良くなってしまうのはもうルジマートフの習性みたいなものだからまあスルーする(いや、まあ、カッコ良くなくちゃルジマートフではないとも言えるから、これはこれで全然オッケーなのではありますが。笑)としても、執着、ということがちゃんと表現できていたと思うし、結果として捨てられてしまっても当然の情けないホセにもなっていたと思う。
ルジマートフは修行僧にも例えられるぐらい高潔なカリスマで、もちろんそのストイックさからくる厳しい究極美が彼の魅力でもあるのだけど‥‥
でも、ここいらでいったん、地に降り泥にまみれるのも良いんじゃないかなーと、今回のカルメンを観て私は何となく思いました。自分の中の情けないものや醜いものの扉を開いて、観客にみせる努力をする。そうすることによって、さらに魅力的で深みのあるアーティストに彼はこれから進化していくことが出来るんじゃないかな、と。
45歳になってバレエを外側から作る立場に移って、さらに自分の可能性にも挑戦するルジマートフの貪欲さと、あいかわらずのその真っ正面からのアプローチの不器用さに、ちょっと呆れつつ感動する私なのでした。
07/14/2008 「カルメン」ー2
場面転換。
華やかなビゼーの音楽が響き渡り、オレンジのライトに照らされる舞台。大きなテーブルがいくつかと椅子が並べられ、衣裳が運び込まれ、舞台は次第にタブラオの様相に。
テーブルでカード占いをする女たち。カルメンは自分に示された不吉なカードに苛立ち退出し、仲間たちは怯えます。
それぞれの衣裳を手に取ったダンサーたちが着替えるために舞台袖に去ったあと、演出家兼スターダンサー=エスカミーリョのリカルドが大きな声で椅子の位置を指示し、テーブルの上に乗り、サパテアードの響き具合を確かめる。立派な白い衣裳をホセに見せつけ、このよそ者を怖じけつけさせるエスカミーリョ。
ドレスアップした客が次々に集まり、シャンパンが運び込まれ、舞台は賑やかな宴の雰囲気に。美しい衣裳に着替えたダンサーたちがふたたび現れ、それぞれの得意技をこれみよがしに披露します。クテポワの美しさ、マハリナの華やかさ、トレウバエフのここぞとばかりの超絶技巧が舞台を活気づけ、負けじとスパニッシュダンサーたちも得意の足技やステップを披露し観客を沸かします。ルジガラと言うことでどーしても「バレエを観に来た」観客が多くフラメンコ組には申し訳ないような反応の鈍さでしたが(フラメンコの舞台ってもっとたぶん観客も乗って楽しむものだよねぇ‥‥^ ^;)、スペインのダンサーたちもめげずに力を限界まで使い切った熱いダンスを披露してくれたと思います。
この饗宴の中、女王然としたカルメンが登場。男性たちをしもべのように従えて踊ります。
黒いスーツ衣裳で髪を後ろに結びスペイン風の風貌になったホセが舞台へ出てくると、彼の手を取りスペイン人たちに紹介、彼は晴れて彼らの仲間として受け入れられます。(このへん、ルジマートフと「カルメン」の中のホセの立場が微妙にリンクしていて面白い)
どこに挿入されていたかはもう記憶が曖昧なのだけど、照明が落ち、ルジマートフのフラメンコソロも入っていた気がしたな。もちろん文句なくカッコ良い。
この人の場合、その美意識の高さゆえかあまりにも「キメポーズ」の完成度が高く、バレエにしろ舞踏やフラメンコに挑戦するにしろ観客にとっては既にそのカタチだけで十分‥‥というところがあるのだけど(そしてリカルドさんの振付も、たぶんに「それを見せつける」、ショースター的なものにいつもなっているのだけど)、その実、ちゃんとフラメンコの技術も向上させてきていると思います。ま、「何を踊ってもルジマートフはルジマートフ」という基本は変わらないなーと、観るたびに思いますが。(笑)
舞台から仲間たちが去り、テーブルを挟んでのカルメンとホセの濃厚なデュエット。
誘惑する、惹きつけられる。見つめ合い、触れ合い、絡み合う2人。
愛の交歓。だけど幸福感というよりは切迫感、お互いを貪りあい喰い尽くさなければ満足できないような渇きに満ちた情事。狂気と隣り合わせにさえ見える、熱すぎて深すぎる大人の情熱。
ホセは後に告白します。
「ああ!あの日です!あの日です!あの日のことを思うと、私には明日があるとは思えなくなります」
華やかなビゼーの音楽が響き渡り、オレンジのライトに照らされる舞台。大きなテーブルがいくつかと椅子が並べられ、衣裳が運び込まれ、舞台は次第にタブラオの様相に。
テーブルでカード占いをする女たち。カルメンは自分に示された不吉なカードに苛立ち退出し、仲間たちは怯えます。
それぞれの衣裳を手に取ったダンサーたちが着替えるために舞台袖に去ったあと、演出家兼スターダンサー=エスカミーリョのリカルドが大きな声で椅子の位置を指示し、テーブルの上に乗り、サパテアードの響き具合を確かめる。立派な白い衣裳をホセに見せつけ、このよそ者を怖じけつけさせるエスカミーリョ。
ドレスアップした客が次々に集まり、シャンパンが運び込まれ、舞台は賑やかな宴の雰囲気に。美しい衣裳に着替えたダンサーたちがふたたび現れ、それぞれの得意技をこれみよがしに披露します。クテポワの美しさ、マハリナの華やかさ、トレウバエフのここぞとばかりの超絶技巧が舞台を活気づけ、負けじとスパニッシュダンサーたちも得意の足技やステップを披露し観客を沸かします。ルジガラと言うことでどーしても「バレエを観に来た」観客が多くフラメンコ組には申し訳ないような反応の鈍さでしたが(フラメンコの舞台ってもっとたぶん観客も乗って楽しむものだよねぇ‥‥^ ^;)、スペインのダンサーたちもめげずに力を限界まで使い切った熱いダンスを披露してくれたと思います。
この饗宴の中、女王然としたカルメンが登場。男性たちをしもべのように従えて踊ります。
黒いスーツ衣裳で髪を後ろに結びスペイン風の風貌になったホセが舞台へ出てくると、彼の手を取りスペイン人たちに紹介、彼は晴れて彼らの仲間として受け入れられます。(このへん、ルジマートフと「カルメン」の中のホセの立場が微妙にリンクしていて面白い)
どこに挿入されていたかはもう記憶が曖昧なのだけど、照明が落ち、ルジマートフのフラメンコソロも入っていた気がしたな。もちろん文句なくカッコ良い。
この人の場合、その美意識の高さゆえかあまりにも「キメポーズ」の完成度が高く、バレエにしろ舞踏やフラメンコに挑戦するにしろ観客にとっては既にそのカタチだけで十分‥‥というところがあるのだけど(そしてリカルドさんの振付も、たぶんに「それを見せつける」、ショースター的なものにいつもなっているのだけど)、その実、ちゃんとフラメンコの技術も向上させてきていると思います。ま、「何を踊ってもルジマートフはルジマートフ」という基本は変わらないなーと、観るたびに思いますが。(笑)
舞台から仲間たちが去り、テーブルを挟んでのカルメンとホセの濃厚なデュエット。
誘惑する、惹きつけられる。見つめ合い、触れ合い、絡み合う2人。
愛の交歓。だけど幸福感というよりは切迫感、お互いを貪りあい喰い尽くさなければ満足できないような渇きに満ちた情事。狂気と隣り合わせにさえ見える、熱すぎて深すぎる大人の情熱。
ホセは後に告白します。
「ああ!あの日です!あの日です!あの日のことを思うと、私には明日があるとは思えなくなります」
07/14/2008 「カルメン」ー1
音楽:G.ビゼー 他 振付:R.C.ロメロ
ドン・ホセ:ファルフ・ルジマトフ
カルメン:ロサリオ・カストロ・ロメロ
エスカミーリョ:リカルド・カストロ・ロメロ
ミカエラ:ユリア・マハリナ
死:ホセ・カストロ・ロメロ
クラシック・ダンサー:ヴィクトリア・クテポワ イルギス・ガリムーリン マイレン・トレウバエフ
スパニッシュ・ダンサー:ジェシカ・ロドリグエズ・モリナ エーサー・ゴンザレス−タブラス・メネンデス ホセ・トレス・ムレーロ
彼はマンドリンを下に置くと腕組みをして、消えかけている焚火を妙に悲しげな顔つきでじっと見つめた。テーブルにおかれたランプが照らす彼の、気品があってしかもどこやらたけだけしい顔つきが私に、ミルトンが「失楽園」に描いている、あのサタンの姿を思い出させた。あのサタン同様、もしかすると、この私の道連れも、捨て去った故郷の家に、犯した罪ゆえに陥った流離の境涯に、思いを馳せているのかもしれなかった。
(※引用はすべて メリメ「カルメン」訳:堀口大學 より)
フラメンコのコリオグラファー、リカルド・カストロ・ロメロによる新作。
制作過程において1時間半ほどで仕上げられていた作品を、今回の「ルジマトフのすべて2008」公演のために1時間に編集し直した特別版ということでした。
もちろん世界初演。この後はスペイン、ギリシャ、ロシアなどでも上演予定。
ビゼー「カルメン」の有名なフレーズが流れる中を幕が開く。
漆黒の舞台。椅子に座った真っ赤な衣裳のカルメンが一筋のスポットライトに浮かび上がる。大きな扇で顔を隠し身体をくねらせ挑発的なポーズで、タイトルロールである自分の存在を観客にしっかりと印象づける。
───と、真っ暗だった舞台下手の隅からなにやら声が。
ま、初演だからスタッフやダンサーの位置確認の声が出てしまうのも仕方ないよな〜‥‥と思っていたら、なんと、その場所には練習用のバーが2本セットされ、めいめいに身体を伸ばすダンサーたちが。
なるほど、クテポワ、マハリナ、ガリムーリン、トレウバエフらの役「クラシックダンサー」というのはこういう意味か‥‥と合点がいったところで、世にも美しいカタチで伸びている一番手前の腕に目が行く。‥‥‥‥‥‥あ、ファルフ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
しえええええっーーーーーーっ!ファルフのバーレッスンっっっっ!!!?
いやあ、眼福でした。
2日間観た今となっては、この場面は私にとってもはや“作品の流れの中の一部”でしかないし、彼が見せてくれたものも素のルジマートフのレッスンではなく、あくまでも“カルメンという作品の中の動き”なのだと分かってしまってはいるのですが‥‥しかしまあ、とにかく、美しかった。
薄暗い照明の中、自身も動きながら低い声で短く号令をかける稽古着姿のルジマートフ先生。
もちろん他のダンサーたちも同じ動きをしているのだけど、やはり違うな〜という感じでした。
たぶん、長い間のうちに私自身の脳細胞に彼のこのダンスクラシックこそが“最高に美しいカタチ”としてインプットされているのでしょう。二度と観ることは出来ないだろうと覚悟していただけに、正直、涙が出るほど嬉しかった。話の筋とは全く関係なく、これだよこれ、私はやっぱりコレが死ぬほどスキなんだよ〜〜と、つい思ってしまった。(笑)
で、そういうふうにボーとしている間に、今度は上手に“スパニッシュダンサー”たちのレッスンする姿が。
クラシックダンサーたちの下手、スパニッシュダンサーたちの上手、交互に照明が差しそれぞれのダンススタイルの違いを見せつけたところで、今度はフロアを交互に支配してのダンス合戦。(このときのファルフのジュテやピルエットがまた美しくてね〜〜‥‥はー、思い出してはまたうっとり) ダンサーたちの熱気と競争心、そして笑顔で次第に舞台は熱を帯びてきます。
ああ、なるほど!こういう風に、素のダンサーたちの姿に「カルメン」を劇中劇のように合わせるのか、バレエダンサーとフラメンコのコラボレーションという条件に合ったなかなか上手い発想だなー、この作品、期待できるかもなー‥‥と納得しかけたところでレッスンシーンは終わり。
この、現実とドラマをオーバーラップさせ舞台に多重感を持たせるという制作者の試みは、作品全編を通して舞台背後に映し出される、リハーサル中にスタジオで撮ったと思われるダンサーたちのモノクロコラージュにも表されています。ただ、これについてはちょっと演出過剰な気がして私はあまり感心しなかったな。UZMEの時も思ったのだけど、ダンサー、特にルジマートフぐらい表現力が強いダンサーが舞台にいる場合は、説明は一切いらないのだよね、やればやるほど邪魔だし、舞台を陳腐にしてしまうから。
映像や写真を使う発想自体は否定しないし、やりようによってはすごく面白くなる可能性はあるので、要はセンスの問題というか、使い方次第なのだと思います。リカルドさんにはさらなる練り直しを期待したい。(えらそー)
私は目を上げました、私はその女を見ました。
それはある金曜日のことでした、一生私はこの日を忘れないはずです。あなたもご存じのあのカルメンを、その時私は初めて見たのでした。
レッスンは終わり、ダンサーたちがくつろぐなかを、黒い衣裳に着替えたカルメン登場。
ルジマートフはといえば、舞台の隅で、お堅いバレエ教師からドン・ホセに変身中。
ここもまた‥‥たぶん制作者や演者の意図とは外れると思うのだけど‥‥‥‥たまらんファンサービスというか(笑)、ちょっとした萌えポイントでした。
だって、ルジマートフの「生着替え」ですよぉ!(あ、言っちゃった^ ^;)
初日は、暗い隅でごそごそやってんなーぐらいな感じだったので、そういうファン(って自分だし)しか見ていなかったと思います。サッシュがなかなか留まらなくて苦労しているのがカワイイ〜ぐらいのモンだった。
しかし、リカルドさんってば、だてに長いことエンターテイメントの演出家をやっていないわ!(笑)
観客の(腐)目線をちゃんと読み込み、2日目はちゃんと椅子を前に出して、ライトをきちんとあてての公開生着替えになっていました。(爆)
長いことファンをやっているけど、「靴下を穿くファルフ」を目の前で見られる日が来るなんて思ってもみなかったよ。ははは^ ^;。うん、こちらも違う意味で眼福でした。
さてさて本題に戻って。(笑)
バレエ用の練習着から、黒いパンツにサッシュ、ヒールのあるフラメンコシューズに黒いジャケットというホセの衣裳に着替えたルジマートフは、ここで初めてカルメンと出逢います。
着替えている間も彼女をちらちらと気にしていたから、たぶんバレエレッスンのはじめからルジマートフはホセだったのかもしれません。田舎貴族出身の生真面目でお堅い衛兵隊伍長というホセと、厳格なクラシックバレエの中で育ったルジマートフとは微妙にオーバーラップする気もするしね。
ホセはカルメンを見つめ近づき彼女の手を取ります。
カルメンの誘惑の踊り。
惹かれ合いながらも互いの気持ちを駆け引きをする2人。この感情の高まりにフラメンコは良く合います。ファルフもこの表現がかなり板に付いてきたと思う。誰にも真似の出来ない切迫感のあるセクシーさ、強いオーラのある2人。
最後にカルメンが髪に挿していた紅い花をホセに投げ、それを至福の笑顔で受け取り、ホセは舞台を去ります。
ドン・ホセ:ファルフ・ルジマトフ
カルメン:ロサリオ・カストロ・ロメロ
エスカミーリョ:リカルド・カストロ・ロメロ
ミカエラ:ユリア・マハリナ
死:ホセ・カストロ・ロメロ
クラシック・ダンサー:ヴィクトリア・クテポワ イルギス・ガリムーリン マイレン・トレウバエフ
スパニッシュ・ダンサー:ジェシカ・ロドリグエズ・モリナ エーサー・ゴンザレス−タブラス・メネンデス ホセ・トレス・ムレーロ
彼はマンドリンを下に置くと腕組みをして、消えかけている焚火を妙に悲しげな顔つきでじっと見つめた。テーブルにおかれたランプが照らす彼の、気品があってしかもどこやらたけだけしい顔つきが私に、ミルトンが「失楽園」に描いている、あのサタンの姿を思い出させた。あのサタン同様、もしかすると、この私の道連れも、捨て去った故郷の家に、犯した罪ゆえに陥った流離の境涯に、思いを馳せているのかもしれなかった。
(※引用はすべて メリメ「カルメン」訳:堀口大學 より)
フラメンコのコリオグラファー、リカルド・カストロ・ロメロによる新作。
制作過程において1時間半ほどで仕上げられていた作品を、今回の「ルジマトフのすべて2008」公演のために1時間に編集し直した特別版ということでした。
もちろん世界初演。この後はスペイン、ギリシャ、ロシアなどでも上演予定。
ビゼー「カルメン」の有名なフレーズが流れる中を幕が開く。
漆黒の舞台。椅子に座った真っ赤な衣裳のカルメンが一筋のスポットライトに浮かび上がる。大きな扇で顔を隠し身体をくねらせ挑発的なポーズで、タイトルロールである自分の存在を観客にしっかりと印象づける。
───と、真っ暗だった舞台下手の隅からなにやら声が。
ま、初演だからスタッフやダンサーの位置確認の声が出てしまうのも仕方ないよな〜‥‥と思っていたら、なんと、その場所には練習用のバーが2本セットされ、めいめいに身体を伸ばすダンサーたちが。
なるほど、クテポワ、マハリナ、ガリムーリン、トレウバエフらの役「クラシックダンサー」というのはこういう意味か‥‥と合点がいったところで、世にも美しいカタチで伸びている一番手前の腕に目が行く。‥‥‥‥‥‥あ、ファルフ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
しえええええっーーーーーーっ!ファルフのバーレッスンっっっっ!!!?
いやあ、眼福でした。
2日間観た今となっては、この場面は私にとってもはや“作品の流れの中の一部”でしかないし、彼が見せてくれたものも素のルジマートフのレッスンではなく、あくまでも“カルメンという作品の中の動き”なのだと分かってしまってはいるのですが‥‥しかしまあ、とにかく、美しかった。
薄暗い照明の中、自身も動きながら低い声で短く号令をかける稽古着姿のルジマートフ先生。
もちろん他のダンサーたちも同じ動きをしているのだけど、やはり違うな〜という感じでした。
たぶん、長い間のうちに私自身の脳細胞に彼のこのダンスクラシックこそが“最高に美しいカタチ”としてインプットされているのでしょう。二度と観ることは出来ないだろうと覚悟していただけに、正直、涙が出るほど嬉しかった。話の筋とは全く関係なく、これだよこれ、私はやっぱりコレが死ぬほどスキなんだよ〜〜と、つい思ってしまった。(笑)
で、そういうふうにボーとしている間に、今度は上手に“スパニッシュダンサー”たちのレッスンする姿が。
クラシックダンサーたちの下手、スパニッシュダンサーたちの上手、交互に照明が差しそれぞれのダンススタイルの違いを見せつけたところで、今度はフロアを交互に支配してのダンス合戦。(このときのファルフのジュテやピルエットがまた美しくてね〜〜‥‥はー、思い出してはまたうっとり) ダンサーたちの熱気と競争心、そして笑顔で次第に舞台は熱を帯びてきます。
ああ、なるほど!こういう風に、素のダンサーたちの姿に「カルメン」を劇中劇のように合わせるのか、バレエダンサーとフラメンコのコラボレーションという条件に合ったなかなか上手い発想だなー、この作品、期待できるかもなー‥‥と納得しかけたところでレッスンシーンは終わり。
この、現実とドラマをオーバーラップさせ舞台に多重感を持たせるという制作者の試みは、作品全編を通して舞台背後に映し出される、リハーサル中にスタジオで撮ったと思われるダンサーたちのモノクロコラージュにも表されています。ただ、これについてはちょっと演出過剰な気がして私はあまり感心しなかったな。UZMEの時も思ったのだけど、ダンサー、特にルジマートフぐらい表現力が強いダンサーが舞台にいる場合は、説明は一切いらないのだよね、やればやるほど邪魔だし、舞台を陳腐にしてしまうから。
映像や写真を使う発想自体は否定しないし、やりようによってはすごく面白くなる可能性はあるので、要はセンスの問題というか、使い方次第なのだと思います。リカルドさんにはさらなる練り直しを期待したい。(えらそー)
私は目を上げました、私はその女を見ました。
それはある金曜日のことでした、一生私はこの日を忘れないはずです。あなたもご存じのあのカルメンを、その時私は初めて見たのでした。
レッスンは終わり、ダンサーたちがくつろぐなかを、黒い衣裳に着替えたカルメン登場。
ルジマートフはといえば、舞台の隅で、お堅いバレエ教師からドン・ホセに変身中。
ここもまた‥‥たぶん制作者や演者の意図とは外れると思うのだけど‥‥‥‥たまらんファンサービスというか(笑)、ちょっとした萌えポイントでした。
だって、ルジマートフの「生着替え」ですよぉ!(あ、言っちゃった^ ^;)
初日は、暗い隅でごそごそやってんなーぐらいな感じだったので、そういうファン(って自分だし)しか見ていなかったと思います。サッシュがなかなか留まらなくて苦労しているのがカワイイ〜ぐらいのモンだった。
しかし、リカルドさんってば、だてに長いことエンターテイメントの演出家をやっていないわ!(笑)
観客の(腐)目線をちゃんと読み込み、2日目はちゃんと椅子を前に出して、ライトをきちんとあてての公開生着替えになっていました。(爆)
長いことファンをやっているけど、「靴下を穿くファルフ」を目の前で見られる日が来るなんて思ってもみなかったよ。ははは^ ^;。うん、こちらも違う意味で眼福でした。
さてさて本題に戻って。(笑)
バレエ用の練習着から、黒いパンツにサッシュ、ヒールのあるフラメンコシューズに黒いジャケットというホセの衣裳に着替えたルジマートフは、ここで初めてカルメンと出逢います。
着替えている間も彼女をちらちらと気にしていたから、たぶんバレエレッスンのはじめからルジマートフはホセだったのかもしれません。田舎貴族出身の生真面目でお堅い衛兵隊伍長というホセと、厳格なクラシックバレエの中で育ったルジマートフとは微妙にオーバーラップする気もするしね。
ホセはカルメンを見つめ近づき彼女の手を取ります。
カルメンの誘惑の踊り。
惹かれ合いながらも互いの気持ちを駆け引きをする2人。この感情の高まりにフラメンコは良く合います。ファルフもこの表現がかなり板に付いてきたと思う。誰にも真似の出来ない切迫感のあるセクシーさ、強いオーラのある2人。
最後にカルメンが髪に挿していた紅い花をホセに投げ、それを至福の笑顔で受け取り、ホセは舞台を去ります。
07/06/2008 英国ロイヤルバレエ「シルヴィア」
7/5(土)13:00 東京文化会館
ほっとくと頭の中で勝手にぐるぐるとカルメンが流れ出す状態ではありますが、こちらの感想の方が楽に書けそうなので先に。(笑)
本日7/5マチネの回を観てきました。
ほっとくと頭の中で勝手にぐるぐるとカルメンが流れ出す状態ではありますが、こちらの感想の方が楽に書けそうなので先に。(笑)
本日7/5マチネの回を観てきました。
07/04/2008 「ルジマトフのすべて2008」2日目
そして最終日。(悲)
うふふふふ、良かったですよぉ!
今ひとつ不完全燃焼感の残る1日目(ま、いつものことだ^ ^;)を払拭する幸せな盛り上がり。
いつもどおり、あと一日あればルジガラとしてはベストな仕上がりになるんだけどなーとちょい惜しく思いましたことでした。
昨日は様子見的なニュアンスも感じたルジや他の出演者の気合いも、「今日で最後」と言うことで、初日とはすこし違う気がしました。それぞれのダンサーの良いところがとても良く出ていたと思います。
昨日「長いなー」だったスペイン組の「メディア」も、今日は引き込まれて全く長く感じなかった。フラメンコのショーとして秀作なのだなーと感心しました。
ファルフは‥‥‥‥
素敵でした。
うん、これに尽きるな。(笑)
なんて美しくてかっこよくて色っぽい、魅力的なダンサーなんだろうと惚れ直しました。
本日の「阿修羅」はちょっと何か降臨していたな。
「カルメン」も、一回通して観てから観るとまたちょっと感想が変わりました。
「びみょー‥‥」という感想しか持てなかった演出や散漫な構成、昼メロBGMのような挿入音楽も、慣れたのか初日ほど気にならなくなった。恐るべしリピート効果(笑)
フラメンコという舞踊言語の助けを借りて不器用ながらも自分を解放することを学び、新しい表現を模索する45歳の生身のファルフは、プティ版のホセの時よりよっぽど素敵に見えました。
ロサリオさんとファルフのドラマティックさに、ついうっかり最後泣きそうになっちゃったよ‥‥(なんかちょっとくやしい。^ ^;)
出演者の皆さん、関係者やスタッフの皆さん、この公演に関わった全ての方に激しく感謝。
そして、ファルフには大きなブラボーを。
来年1月のミハイロフスキーガラへの出演速報はまだだったけど、うん、この様子だったら、また近いうちに彼の舞台を観る機会は巡って来るんじゃないのかな。
まだまだ「ダンサー引退」の影には怯えなくても良さそうです。
演目毎の感想は後日。
うふふふふ、良かったですよぉ!
今ひとつ不完全燃焼感の残る1日目(ま、いつものことだ^ ^;)を払拭する幸せな盛り上がり。
いつもどおり、あと一日あればルジガラとしてはベストな仕上がりになるんだけどなーとちょい惜しく思いましたことでした。
昨日は様子見的なニュアンスも感じたルジや他の出演者の気合いも、「今日で最後」と言うことで、初日とはすこし違う気がしました。それぞれのダンサーの良いところがとても良く出ていたと思います。
昨日「長いなー」だったスペイン組の「メディア」も、今日は引き込まれて全く長く感じなかった。フラメンコのショーとして秀作なのだなーと感心しました。
ファルフは‥‥‥‥
素敵でした。
うん、これに尽きるな。(笑)
なんて美しくてかっこよくて色っぽい、魅力的なダンサーなんだろうと惚れ直しました。
本日の「阿修羅」はちょっと何か降臨していたな。
「カルメン」も、一回通して観てから観るとまたちょっと感想が変わりました。
「びみょー‥‥」という感想しか持てなかった演出や散漫な構成、昼メロBGMのような挿入音楽も、慣れたのか初日ほど気にならなくなった。恐るべしリピート効果(笑)
フラメンコという舞踊言語の助けを借りて不器用ながらも自分を解放することを学び、新しい表現を模索する45歳の生身のファルフは、プティ版のホセの時よりよっぽど素敵に見えました。
ロサリオさんとファルフのドラマティックさに、ついうっかり最後泣きそうになっちゃったよ‥‥(なんかちょっとくやしい。^ ^;)
出演者の皆さん、関係者やスタッフの皆さん、この公演に関わった全ての方に激しく感謝。
そして、ファルフには大きなブラボーを。
来年1月のミハイロフスキーガラへの出演速報はまだだったけど、うん、この様子だったら、また近いうちに彼の舞台を観る機会は巡って来るんじゃないのかな。
まだまだ「ダンサー引退」の影には怯えなくても良さそうです。
演目毎の感想は後日。
07/03/2008 「ルジマトフのすべて2008」初日
明日もあるので超簡単に。
プログラムは光藍社サイトに発表されたものから変わりなく。
第一部はロメロさんたちの演目がちょい長く感じる(たぶんフラメンコを見慣れていないせいだと思う)他は、意外にサクサク進みます。
イシュクくんの「ゴパック」が可愛かった! これだけの出演はもったいないな、もう一つぐらい何か踊って欲しかった〜〜
イルギスとマハリナのソロはどちらも新作の世界初演。感想は明日もう一回見てからにします。
ファルフは‥‥うん、ちゃんと、「ダンサー・ルジマートフ」でした。(笑)
いや、正直、ちょっと心配していたのよね、現役を退いた人の踊りになっていたらどうしようって^ ^;。でも、拍子抜けするぐらい、見慣れたいつもの「ルジマートフ」でした。
といってもまだ100%ではないカンジだな。いつものルジガラの、ややエンジンかかりかけの、「初日モードのファルフ」だと思っていただければ、まあ間違いないかと。(笑)
阿修羅は衣裳が赤いパンツでちょっとまた前回とニュアンスが違っていました。
「カルメン」は‥‥うーん、ちょっと情報量が多いので、自分的にまだ消化できていません。
こちらも感想は明日もう一回観てからにしよう。^ ^;
ファルフはとにかく熱演で、カッコ良いです。
あ、あと、カルメンの冒頭に、バレエダンサー組による、『バーとフロアを使ってのクラスレッスン』という演出があり、ファルフのクラシックバレエを堪能できます。これが本日の一番って言ったら怒られるかな?(笑)
とにかく、明日観たら、またしばらく彼の踊りは観られなくなると思うので、しっかり全身で受け取ってこようと思います。
明日が楽しみなような、まだ来て欲しくないような。(苦笑)
プログラムは光藍社サイトに発表されたものから変わりなく。
第一部はロメロさんたちの演目がちょい長く感じる(たぶんフラメンコを見慣れていないせいだと思う)他は、意外にサクサク進みます。
イシュクくんの「ゴパック」が可愛かった! これだけの出演はもったいないな、もう一つぐらい何か踊って欲しかった〜〜
イルギスとマハリナのソロはどちらも新作の世界初演。感想は明日もう一回見てからにします。
ファルフは‥‥うん、ちゃんと、「ダンサー・ルジマートフ」でした。(笑)
いや、正直、ちょっと心配していたのよね、現役を退いた人の踊りになっていたらどうしようって^ ^;。でも、拍子抜けするぐらい、見慣れたいつもの「ルジマートフ」でした。
といってもまだ100%ではないカンジだな。いつものルジガラの、ややエンジンかかりかけの、「初日モードのファルフ」だと思っていただければ、まあ間違いないかと。(笑)
阿修羅は衣裳が赤いパンツでちょっとまた前回とニュアンスが違っていました。
「カルメン」は‥‥うーん、ちょっと情報量が多いので、自分的にまだ消化できていません。
こちらも感想は明日もう一回観てからにしよう。^ ^;
ファルフはとにかく熱演で、カッコ良いです。
あ、あと、カルメンの冒頭に、バレエダンサー組による、『バーとフロアを使ってのクラスレッスン』という演出があり、ファルフのクラシックバレエを堪能できます。これが本日の一番って言ったら怒られるかな?(笑)
とにかく、明日観たら、またしばらく彼の踊りは観られなくなると思うので、しっかり全身で受け取ってこようと思います。
明日が楽しみなような、まだ来て欲しくないような。(苦笑)
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